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1998 年 11 月 26 日 (木曜日)


雨が降っている。今日は移動日だというのについていない。起きるのが億劫になるが、ここで二度寝をすると大変なことになる。ワシントン D.C. への移動は飛行機なので遅れるわけには行かないからだ。目覚まし時計と目覚ましコールの両方を使ったので時間通りに起きるのは問題なかったが、寝ぼけた頭でまだ大丈夫だと勝手に判断すると必ず間違える。2 か月前に出張で韓国に行ったとき、目覚ましを早く設定し過ぎ、もう少し休んでから起きようと決めたらまた眠ってしまい、10 分遅れで帰りの飛行機の搭乗手続きができないという悲惨な目にあったからだ。あの時は精神的に相当疲れたし、かなり自腹を切ることにもなった。何しろ片っ端から空席待ちに並んだのに成田への便が全く取れず名古屋も関空も取れなくて、結局帰国は福岡最終便になってしまったため、翌日幕張への出張があるにも関わらずその日は東京までたどり着けずに広島で一泊し、しかも翌朝 6 時に新幹線で東京に向けて出発する羽目になったからだ。飛行機代、ホテル代、新幹線代と自腹出費がかさみ、現金が足りなくなってクレジットカードを使いまくり、幕張に着く頃には疲労と出費の痛手ですっかりへろへろになっていた。幕張には昼前に行くと言ってあって、実際に到着したのが正午 10 分前だったので幸い仕事には影響がなかった。あの日以来、もう二度と二度寝はしないと心に決めたが、早朝のまどろみほど気持ちが良いものはそうそうないのが問題だ。

あまり愛想が良くない従業員ばかりだったホテルをチェックアウトし、地下鉄の駅に向かう。車輪付きの旅行かばんは階段などではかえってかさばるため、僕はいつもボストンバッグを使っているが、雨の日に傘を差しながら歩くのはなかなか辛い。

地下鉄を使うのはこれで二度目だが、路線が結構複雑なので事前の調査が欠かせない。空港に行くバスが出る駅はジャクソンハイツという名であることを地図(最初に地下鉄を使ったときにもらったもの)で確認し、ちゃんと記憶した。ニューヨークの地下鉄では旅行者面をしていると犯罪者に狙われることがあると聞いたので、あまり地図を車内で見たくはないのだ。パーク通り 28 番街駅から 4 番線に乗り、51 番街駅で E 線に乗り換えた。ここまでは順調だ。それからジャクソンハイツという駅名が放送されるのを待っていたが、何個か駅を過ぎても依然として放送されなかった。途中の駅名にはざっと目を通していたが、やがて全然想定していない駅名が放送されるようになってきた。明らかにおかしい。仕方なくかばんから地図を取り出し、次に放送された 75 番通り駅という名を探してみると、ジャクソンハイツをとっくに通り越してどんどんブロンクスを東進していることが分かった。何で? ともかく、この電車は降りて反対車線に乗らねばならない。人が誰もいない不気味なホームで階段を探し、上に登ってみると出口の回転扉が見えた。その扉以外は頑丈な鉄格子で囲われていてまるで駅全体が監獄のようだった。かなり怪しい雰囲気のところだ。急ごう。回転扉のところまで行くと、出た反対側にも回転扉があるのが見えた。そこから入れば良いだろう。そう思って回転扉を半分だけ進んだ時点で、ふと不安になった。この回転扉は良くあるガラス製のではなくて鉄格子製だが、そのため出ることはできても入ることはできないような構造になっていることに気付いたのだ。見ると反対側の回転扉も同じ構造だ。このまま出たら入れないと思い、回転を止めて戻ろうとすると、扉が回転しないのが分かった。出る方向にしか回転しない。不覚だ。何しろこの鉄格子なので強引に戻るのは全く不可能である。どうしても駅から出るしかないらしい。仕方なく出て、相変わらず人がいない不気味な駅の片隅の売り場でトークン(コイン型切符)を購入し、反対側のホームに入った。おかげでトークン 1 個を無駄にしてしまった。と言っても 1.50 ドルだが。かなり早めにホテルを出たので、時間はまだ充分ある。地図をもう一回良く見て、ジャクソンハイツ駅にはローズベルト通り駅という別名があることに気付いた。多分、路線によっては別名の方でしか放送されないのだろう。案の定、しばらく電車に乗っているとローズベルト通り駅という放送があった。分かりづらい仕組みだな。(狭い地域にいくつも駅がある営団地下鉄の方が旅行者には分かりづらいかもしれないが。)

駅を出てからバス乗り場を見付けるのにかなり手間取ったが結局無事にたどり着き、20 分ほど待ってバスに乗り込んだ。空港まではすぐだった。結局 10 時にはラ・ガーディア空港に到着した。10 時半には搭乗手続きが完了したので、12 時半の搭乗まで 2 時間も余ってしまった。韓国での乗り遅れに懲りて早目早目に行動していたからだが、それにしてもちょっと早すぎたかな。羹に懲りて膾を吹くという言葉が脳裏に浮かぶが、同じのんびりするならホテルより空港の方が良いだろう。実際にはワシントンの旅行ガイドを見て時間を潰した。何しろこの旅行には計画らしい計画はないので、行ってその場で決めるしかない。

飛行機に乗り込む時にはもう雨は止んでいた。30 人乗りくらいの小さい飛行機だった。飛行機の中はやたらと暑く、バスを待っていたときは風邪をひくかと思うほど寒かったのが嘘のようだった。飛行機が飛んで行くとき雲の合間からマンハッタンのビル群が見えたが、その頃はすでに眠気で頭が働いていなかったので、ワシントンからでもニューヨークの摩天楼が見えるんだなあという全く間違った感慨にふけりつつ深い眠りに落ちた。

午後 2 時にダレス空港に到着し、バスで地下鉄の駅まで移動した。ワシントン D.C. の地下鉄はニューヨークのよりもはるかに近代的で、支払いもトークンではなく紙製の磁気カードである。このカードは日本の切符とは異なりプリペイドカードで、行き先を選んで買う必要はないし、残高がある限りずっと使える。残高にお金を追加したりすることもできるので便利だ。ただ自動改札が日本のとは微妙に動作が異なり、戸惑うことがある。駅に入るときはまずカードを挿入し、少し離れたところに出てきたカードを取るとゲートが開く。最初はカードを入れたのにゲートが開かないので壊れたのかと思った。駅を出るときは、カードを入れると一旦入ってそのままそこから出てくるのでそれを取るとゲートが開く。入口と出口で仕組みが違うのは分かりづらい。

ホテルの最寄りの駅から地上に出て辺りを見渡すと、やけに閑散としていて人が全然見当たらないので不思議な気分だった。アメリカの首都ならもっと活気があっても良いようなものだが、僕以外は人がいないというのはどういうことだろう。道路だけはだだっ広い。しばらく歩いていると初めて人を見かけた。歩道のど真ん中で寝転がっている浮浪者である。実に辛気臭い街だ。結局ホテルに着くまでに見かけたのはこの浮浪者ただ一人だった。大丈夫なのか、この街は?

僕が泊まったクオリティー・ホテル・ダウンタウンというところは実に素晴らしいホテルだった。1 泊 65 ドルと比較的安いが、ニューヨークのホテルとは比べ物にならない質の高さだった。ベッドはダブルが 2 個あるし、パーコレーターやガスコンロや冷蔵庫もあるし、おまけにケーブルテレビもある。このホテルは大正解だ。

もう時刻は 4 時で日没は間近なので急いでホテルを出、真っ直ぐ南に向かった。5、6 分ほどでホワイトハウスの裏側に着いた。辺りには人影がほとんど見えなくて、いるのは浮浪者だけである。大丈夫なのか、この街は? それからホワイトハウスの横を通ってモールに出た。モールとはホワイトハウスや連邦議会議事堂などを含む公園のような領域で、想像よりずっと広いところだった。地図で見るとホワイトハウスと議事堂は近いのに、実際にはかなり遠い。モールの中心にはワシントン記念碑という高い石柱があるが工事中らしくやぐらが組まれていて全然格好良くなかった。しかも中には入れないらしい。時期が悪かったな。

連邦議事堂まで行こうとしたが予想以上に遠かったので遠くから写真を撮るだけにした。D.C. には 5 泊するので急ぐことはあるまい。ホテルに帰る途中、先日買ったアメリカの駄菓子に挑戦することにした。ゼリービーンズなどは常識の範囲内だったが、得体が知れないものはその味も得体が知れなかった。特にブラックリコリスという黒いゴム状の物体は、果たして食物なのか味覚拷問道具なのか、謎だった。シナモン飴は舌が焼けるような刺激のあまりの強さに耐え切れなくなって吐き出してしまった。どれもこれも素晴らしいまずさだ。アメリカ人の味覚万歳! …ちょっと気持ちが悪くなってきた。

ホテルに帰って舌を見てみると鮮やかな赤紫になっていた。飴のせいだろう。赤紫の舌を突き出して鏡の前で奇怪なポーズをとってみると、まるで怪人である。歯ブラシで舌の表面をごしごし擦ってみたものの、痛い割には何も改善が見られなかった。

アメリカの味覚を堪能したので、今日の夕飯は日本の味覚でも楽しむことにしよう。そう思って地図を見ながら近くのすし太郎という店に行くと、感謝祭で休みだと書いてあった。なるほど、だから人通りが少ないのか。この日はアメリカ人は家族と過ごすと決まっているらしいからな。どこか開いている店はないものかと思って探していると、近くにトリオというアメリカ料理屋を見付けた。ここにしよう。ウェイトレスの人が色々と料理を詳しく説明してくれた。感謝祭の特別メニュー、七面鳥料理にしよう。出てきたのは七面鳥とコンビーフを使った料理で、悪くはなかった。しかしパンや付け合わせのにんじんやじゃが芋は単調な味でまずく、やっぱりアメリカ料理だと一人で納得した。でもウェイトレスの人が親切でサービスがとても良かったので許そう。ついでにデザートを頼んでみた。ライスプディングだ。昔から西欧では米をもっぱらデザートに使うと聞いていたのでどんなものか興味をそそられたのだ。てっきり米を潰して裏ごししたものをプリンのようにしたものかと思っていたら、出てきたのは普通のカスタードプリンにゆでた米がぷつぷつ入っているという何とも不思議な食感のデザートだった。これだったら米を入れない方が美味しいのではないだろうか。ちなみに米はジャポニカ米だった。さすがにインディカ米をプリンに入れたら変だろう。

夜はホテルで映画「ジュマンジ」を見た。出来事が細切れであまり物語性がなく、はっきり言ってつまらなかった。でも聴覚障害者のために英語の字幕を表示できるので、英語を学ぶのに非常に役に立った。字幕を見るとすらすら理解できるのに耳だけで理解しようとすると良く分からない。修行不足か。



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