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1997 年 8 月 19 日 (火曜日)


バラトン湖を離れブダペストの東にあるエゲルという町へ向かう。バラトン湖に来るときと違って車内で座れたので楽だった。欧米では電車の中では寝ないというが、実際、寝ていた人は僕だけだったようだ。車内で寝るのは奇妙なことなのだろうか。どうも最近眠くて仕方がない。時差ぼけがまだ残っているのと、ハンガリー国内を行ったり来たりして疲れているのとで、睡魔が僕の脳内に居着いてしまったようだ。

エゲルにはブダペストと同じように古い建物が多く残されている。中心となるのは大聖堂で、内部の装飾が素晴らしい。実際にお祈りしている人もいるが、多くは観光客のようだ。その大聖堂から少し離れたところにエゲル城がある。高台にあるので城壁から街並みが良く見える。

エゲル城から帰るとき、コファ君とハンガリー語について少し話をした。来る前はハンガリー語を少しでもできるようになっておこうと文法書を買って勉強していたのだが、あまりできるようにはならなかった。文法はかなり良く理解したつもりだ。ヨーロッパではハンガリー語は難しいという評判らしいが、それは恐らくハンガリー語がウラル語族に属し、他のほとんどのヨーロッパの言語が属するインド・ヨーロッパ語族とは文法体系が異なるからであって、日本語話者からすれば難しさは他のヨーロッパの言語と変わらないと思う。難関とされるのは動詞の活用で、主語の 1/2/3 人称の違い、単数複数、および目的語が特定のものか不特定のものかで変化するので、現在形だけで 3 × 2 × 2 = 12 通りある。現在形の他に過去形、仮定形、命令形があるので合計 12 × 4 = 48 通りの活用がある。しかも動詞の母音が 3 種類に分けられ、それぞれが微妙に異なる活用語尾を要求する。勉強したおかげで考えればそれぞれの活用語尾を思い出せるようにはなったが、耳で聞いた語尾からそれが何を表すのかが分かるようにはならなかった。1 か月の勉強でそれを期待するのは間違いだが…。しかし動詞の活用は実際には問題ではなかった。英語で 3 人称単数現在の s を付けなくても意味は通じるのと同じで、ハンガリー語でも活用語尾を間違えるのは変なだけであって理解不能になるわけではない。本当の問題は語彙数だ。畢竟、外国語能力は語彙数で決まる。文法など、どんな難しい言語でも数年間真剣に勉強すれば大体収得するだろう。単語熟語はそうは行かない。僕のハンガリー滞在はもうじき終わるが、ハンガリー語で意志疎通をしたいという当初の希望は無謀だったようだ。

夕飯はホテルの近くのレストランで取った。ちょっとした楽団が音楽を奏でる、雰囲気の良いところだ。何度も言うようだがハンガリー料理はこってりしている。それに慣れれば楽しめる。今日の料理も美味しかった。食事と一緒に紅茶を頼んだ。飲み物に砂糖を入れないというのは僕にとっては当然のことだが、こちらでは珍しいことのようだ。特に今日頼んだようなレモンティーに砂糖を入れないというのはまず有り得ない話らしい。食生活の背景がこってり系のハンガリー人とあっさり系の日本人では砂糖に対する態度も全然違う。ただ、ハンガリーで売っているジュースにはどぎつい甘さのものはあまりない。日本のジュースの方が甘ったるいものが多いだろう。ふと思ったのだが、ヨーロッパ人とアメリカ人は同じ砂糖好きでも感覚が違う。アメリカ人は単に味覚が子供っぽいので砂糖が好きなだけという感じがする。その点、ヨーロッパ人は料理感覚に従って砂糖を使いこなすという感じがしてまだましだ。


The Eger cathedral

エゲル大聖堂の内部




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