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1997 年 8 月 20 日 (水曜日)


朝はホテルのビュッフェ。1 つ日本と違うと思ったのは、コーヒーに砂糖の代わりにココアも入れられるようになっているということ。なかなか美味しそうに思ったが、僕はコーヒーを飲まない主義なので試さなかった。

その後ブダペストに移動。明日は朝早く出発するので事実上今日が最終日だ。駅から電話でホテルを予約し荷物を預けた後、ブダペストの中心街へ行った。まだ何もお土産を買っていないのでそこで探そうと考えたのだ。買いたいと思っていたのは焼き物だ。ハンガリーにはヘレンドとジョルナイという 2 つの有名な焼き物がある。ヘレンドは見た目は普通の陶器で、ヨーロッパの焼き物としては珍しく日本ではなく中国の影響が強いという話だが、日本人の僕からすればあくまでもヨーロッパの焼き物はヨーロッパ製に見える。バラをあしらったティーカップは可愛らしい。一方、ジョルナイは玉虫色の妖しい色を持つ焼き物で、初めて見たときはガラスに何か塗ったものなのかと思ったほどの透明感がある。日常的に使うには違和感が強い色だが、飾っておくにはヘレンドよりもジョルナイの方が良いと考え、ジョルナイのカップか何かをお土産にしようと考えた。

この前の日曜日にも何か買おうとしたのだが、カトリックの国だけあって日曜日は多くの店が閉まっており何も買うことはできなかった。そこで今日に期待したのだが、僕は重大なことを忘れていた。今日はハンガリーの建国記念日で、派手なパレードや花火の打ち上げがあると聞いていた。つまり今日は休日なのだ。焼き物の店を探したものの、どこも閉まっていてジョルナイもヘレンドも買うことができなかった。仕方がないので旅行者相手に商売をしている路上の土産物屋で透かし彫りのある陶器の鈴を買った。見た目はヘレンドのようだが、何分土産物屋で買ったものなので真相は分からない。高くはないし見た目が美しいので鈴自体に不満はないが、ジョルナイが買えなかったのは全く残念だ。

昼過ぎ、建国記念のパレードが始まったのに気付いた。ハンガリーの各地からやってきた、それぞれの地方に特有の民族衣装を着た人たちが道路を行進してくるのだ。ハンガリーの歌らしきものを歌っているが、行進する人が多いので声が混じってしまい、はっきりとは聞こえない。手にパンか何かを持っているようだ。何を意味するのだろうか。

街をぶらぶらと歩いている途中、ちょっとした悶着があった。両替商が僕のお金をフォリントに替えないかと話しかけてきたのだ。こうやって旅行者に声をかけてくる人間はうさんくさいと相場が決まっている。冗談でフォリントは十分持っているのでそれを円に替えたいくらいだ、と言ったら本気にして、円ならたくさん持っている、と言って一万円札を見せ、しつこく食らいついてきた。余計なことを言ってしまったと思っていたら、いかつい二人組がやってきてその男を詰問し出した。僕に対しても英語で日本円のお札を見せろ、と要求してきた。どうも違法な両替商を取り締まる警察らしい。しかし僕は実際に両替をしたわけではないし、彼らの顔がいかつくて恐そうなので、お札を見せる必要はないと突っ張っていたら、彼らは段々怒ってきてしきりにお札を見せろと言ってきた。彼らは警察手帳を見せてくれたが、もとよりそれが本物かどうか僕には分からない。彼らが言うにはこういう両替商は偽札を旅行者につかませるのだそうだ。でもどうしてもお札を見せるのが嫌だったので、トラベラーズチェックとクレジットカードだけ見せてこれしかないと言い張ったら彼らも諦めて(かなり怒っていたが)その両替商を連れて帰って行った。やっぱり本当の警察官だったらしい。でも彼らが本当に警官だったという確証はなかったわけだから、彼らの言うことを疑うという判断は間違っていなかったと思う。

その内すっかり暗くなった。スポットライトでドナウ川にかかる橋々やツィタデラの石像が照らされる。通りはすごい人出だ。皆花火を見るために集まったのだ。そしていよいよ花火が始まると一斉に歓声が上がった。花火はいつ見てもいいものだ。日本の花火を見慣れた目には欧米の花火は大したことがないように映るものだが、今日の花火はなかなか見応えがあった。

この花火がハンガリー旅行での最後の出来事だ。あとは帰るのみとなった。


Parade

パレード(民族衣装を着てパンを持った老婦人たち)


Parade

パレード(カトリックの司祭たち)




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