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黒い黒猫


日本語の「(一匹の)黒い猫」に対応する英語の句は "a black cat" だと普通は思うだろう。「一匹の」が "a"、「黒い」が "black"、「猫」が "cat" ですべて一対一の対応をしているので、両者は同じ構造を持っているように見えるからだ。だが実は両者は異なる。

例えば日本語で「(一台の)走っている車」は "a running car" となる。これも一対一の対応をしているので同じ構造のように見える。ところが「通りを走っている車」を意味する英語の句は "a car running on a street" である。語順が全く逆になってしまう。「通りを走っていた車」になると "a car that was running on a street" となり、英語の句の構造がはっきりする。要するにこれは関係節だ。関係節の語順は、言語の基本語順が影響する。日本語は主要部後行 (head-last)、英語は主要部先行 (head-first) といい、句の重要な部分が日本語では最後に来、英語では最初に来る。だから関係節も、日本語では名詞が最後に来、英語では最初に来る。

そして同じことが「黒い猫」にも言える。「黒い猫」は確かに英語と同じような形容詞と名詞の組み合わせのように見えるが、実際は「走っている猫」と同じように、述語と名詞の組み合わせなのだ。日本語で形容詞 + 名詞が関係節だと言えるのは、日本語では形容詞が動詞に似て述語になれること、主要部後行型であること、関係節が関係代名詞を必要としないことの三点から来る。だから、「(その)猫は黒い。」という文から「黒い猫」という関係節を作るのは簡単だ。日本語母語話者なら、「黒い猫」と「毛が黒い猫」に大差は感じないだろう。英語だと、"The cat is black" から関係節を作ると (ついでに定冠詞をはずすと) "a cat that is black" になる。つまりこれが「黒い猫」の直訳なのだ。「毛が黒い猫」の直訳の "a cat whose hair is black" との類似も感じられるだろう。これを "a black cat" と言ったらもはや関係節ではない。形容詞 "black" が必要とする動詞 "be" がないからだ。構造が全く異なってしまう。

今見たように、日本語では英語と違って形容詞が名詞に結びつく理由を必要としない。関係節なので結びつくのは当然だからだ。日本語のほうが文法的一貫性がある。英語の形容詞はそもそも英語の主要部先行という規則と合わない。同じく主要部先行型言語のフランス語では、「黒い猫」をちゃんと "un chat noir" ("chat" は猫、 "noir" は黒い) と表現する。

では英語の "a black cat" に対応する日本語は何だろう。もちろん「黒い猫」が意味的には対応するが、実は別の構造を持った句のほうが似ているのだ。それは「黒猫」である。英語の形容詞は活用しないし、述語になるためには "be" が必要なため、日本語の観点ではほとんど名詞と同じと言って良い。そのため "a black cat" という句を "black" と "cat" という語が単純に連なったものと捉えても間違いではない。つまり "a black cat" は "a cat that is black" よりも "a Cheshire cat" (チェシャー猫) という語に近いのだ。「黒い猫」は単に色が黒い猫で、「黒猫」は猫の一種としての黒猫である。英語では両者を区別できない。

試しに日本語、英語、中国語で比較してみよう。中国語の文法は日本語と英語の中間の感じがすることが多いが、形容詞に関しては英語より日本語のほうにずっと近い。

日本語中国語英語
その猫は黒い。那隻猫很黒。The cat is black.
関係節黒い猫很黒的猫a cat that is black
形容詞 + 名詞黒い猫很黒的猫a black cat
複合語黒猫黒猫a black cat

これを見て分かるが、「黒い黒猫」という句は日本語では何も問題がないが、英語では "a black black cat" となり変である。中国語では「很黒的黒猫」となり問題ない。ちなみに、英語でも「黒い板」と「黒板」は区別できる。前者は "a black board"、後者は "a blackboard" だからだ。「黒い黒板」は "a black blackboard" となるが、問題ない。

このように、日本語や中国語のほうが、形容詞が名詞に結びつくのを関係節から説明でき、また複合語と区別できるので明快である。


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