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魔法の指


とんち問題で、次の丸に当てはまる漢字を当てろというのがある。
小 ○ 中 人 親
答えは「薬」だ。もちろん薬指のことである。この指だけ名前の感じが違うので興味深い。辞書によれば、薬を水にとくのに使ったのが語源だという。しかし薬をかき混ぜるのには使いづらい指だ。

次表に日本語の指の名を示す。名前を論じるため、ここでは指を番号で呼ぶことにする。

第一指第二指第三指第四指第五指
和語標準 親指おやゆび ひとさしゆび 中指なかゆび 薬指くすりゆび 小指こゆび
幼児語 とうさんゆび かあさんゆび にいさんゆび ねえさんゆび あかちゃんゆび
その他 大指おおゆび しおなめゆび 高々指たかたかゆび
丈高指たけたかゆび
薬師指くすしゆび
名無ななゆび
べにさしゆび
紅付べにつゆび
 
医学用語番号 第一指だいいちし 第二指だいにし 第三指だいさんし 第四指だいしし 第五指だいごし
名称 母指ぼし 示指じし 中指ちゅうし 薬指やくし
環指かんし
小指しょうし
漢語標準 拇指ぼし 食指しょくし 中指ちゅうし 無名指むめいし 小指しょうし
その他 巨指きょし
巨擘きょへき
擘指へきし
頭指とうし 長指ちょうし   季指きし

第四指をさす漢語の「無名指」は愉快だが、実は和語でも「名無し指」が一番古い。鎌倉中期に「薬師指」が現れ、江戸時代になってやっと「薬指」が登場した。この二つが無関係とは思えないので、「薬師指」が変化して「薬指」になったと考えるのが妥当だろう。薬師くすしとは医者のことである。

ヨーロッパ語でもやはり第四指は他と違う名前になっている。

第一指第二指第三指第四指第五指
日本語親指人さし指中指薬指小指
中国語拇指
(mu3zhi3)
食指
(shi2zhi3)
中指
(zhong1zhi3)
無名指
(wu2ming2zhi3)
小指
(xiao3zhi3)
英語thumbindex finger
(示す指)
middle finger
(中指)
ring finger
(指輪の指)
little finger
(小指)
ラテン語pollexindex
(示すもの)
digitus medius
(中指)
digitus annularis
(指輪の指)
digitus minimus
(小指)

指の名前を調べるためウェブ上を渉猟していたら、驚くべき論文に出会った。ラースロー・マジャル氏の論文、Digitus Medicinalis - The Etymology of the Name である。その中で、ラテン語で第四指を表す語が 3 個挙げられている。digitus medio proximus (中の隣の指)、 digitus annularis (指輪の指)、そして digitus medicinalis (医者の指) である。最後のものは日本語の「薬師指」と瓜二つだ。まさか似た名前が遠くローマ帝国にあるとは思わなかった。氏によれば、かつて第四指を魔法の指と見なす考えが世界中にあり、次に示すように第四指の名にこの考えがはっきり現れているという。

  1. 第四指の名を呼ばない。「ゲド戦記」や「千と千尋の神隠し」にも描かれているように、魔法の世界では名前は力である。名前を知ることは支配することにつながる。悪魔を呼び出すにはその真の名を知る必要があるとされる。かつて日本や中国ではわざと子供に汚い名前を付けることがあった。悪霊に名前を呼ばれないようにするためだ。これを辟邪名へきじゃめいという。モンゴルでは今でもこの風習が残っている。逆に、力を持つものの名を安易に口にしてはならない。古代中国では他人の本名を呼んではならなかった。日本では今でも天皇の名前を呼ばない。第四指が魔法の存在なら、その名をみだりに唱えてはならない。フィンランド語の nimeton sormi、ブルガリア語の benzimen pryst、モンゴル語の nereguy hurgan は全て、名前がない指を意味する。和語の「名無し指」や漢語の「無名指」ももちろんこの系統である。和語と漢語だけなら、目立たない指にたまたま同じような名前を付けたとも考えられるが、他にもサンスクリット語、ペルシャ語、ロシア語など、世界各地の言語で同じように「名無し指」と表現するので、偶然であるはずがない。ラテン語の digitus medio proximus (中の隣の指) や英語の third finger (三番目の指) も同じ発想だろう。

  2. 指輪の名で呼ぶ。「ニーベルングの指輪」や「指輪物語」を引き合いに出すまでもなく、指輪は典型的な魔法の品である。魔法の品は魔法の指に付けるのがふさわしい。古代エジプト人は第四指が心臓すなわち心につながっていると信じていたため、この指に指輪を着ける風習が生まれたという。心臓は左にあるので特に左手第四指が重視された。ラテン語の digitus annularis、英語の ring finger、ドイツ語の Ringfinger など、ヨーロッパ語の多くは第四指を指輪の名で呼ぶ。ドイツ語の Herz Finger (心臓の指) は由来そのものを表す言葉だ。

  3. 医者の名で呼ぶ。第四指には傷や病気を治す力があると信じられていた。そのため第四指と医者を結びつけるようになった。ラテン語の digitus medicinalis とドイツ語の Arzt Finger はどちらも医者の指を意味する。同論文では触れられていないが、日本語の「薬師指」も同様なのは言うまでもない。

「薬師指」は漢語に似た語がないので、中国起源ではない。仏教の薬師如来やくしにょらいの像を見ると、左手に薬壺を持ち、右手を前にかざし、右手第四指を必ず前方に曲げている。薬師如来は薬を塗るとき、第四指を使うという。明らかに魔法の指の考えである。日本人が仏教を受け入れたとき、第四指を医術に用いることも学んだに違いない。第四指で薬を調合したり塗ったりするのは、普段あまり使わない清潔な指だからだと説明されてきた。私もそれを信じていたが、今はそうでないと分かる。第四指が魔法の指だから治療に使うのだ。やがて、薬師如来のように第四指で薬を扱う薬師くすしたちにちなんで、第四指を「薬師指」と呼ぶようになったと思われる。それが変化したのが「薬指」だ。

一見無関係の日本語の「薬指」、中国語の「無名指」、英語の ring finger が、元をたどればどれも魔法の指を意味するというのは本当に驚きだ。いい加減な名前とさえ思われている「薬指」は、実は古代の魔術的思考を今に伝えるものだったのだ。


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