少子化社会の危険性


現在の日本の社会は急速な勢いで高齢化が進んでいる。これは少子化と長寿化が共に急激に進んでいるからである。長寿化は歓迎すべきことだが、私は少子化は社会にとって極めて危険であると考える。

1995 年の統計では、現在の日本人女性が生涯に出産する人数は平均で 1.43 人である。人口を維持するには事故も含めると 1 組の夫婦につき 2.1 人の子供が必要があり、現在の値では大幅に足りないことが分かる。予測では、2100 年には日本の人口は 6000 万人程度、すなわち現在の半分以下になると言われている。

このような少子化・高齢化のもたらす弊害を考えてみよう。まず、全人口に対する労働人口 (15 歳〜 64 歳) の減少が挙げられる。労働人口がより多くの非労働人口を支える結果、税金が増えるばかりか、労働人口の労働参加率も増えざるを得ない。ロバート・フェルドマンの研究によると、日本で 30 年後も現在と同程度の生活水準を保つには労働参加率を 89% まで高める必要があるという。つまり、男女を問わず、15 歳〜 64 歳の人々の 9 割近くが働かなくてはならないのである。とても高校や大学に行っている余裕はなくなってしまう。なぜなら15 歳〜 64 歳の期間のうち、高校の 3 年間で 6%、大学の 4 年間で 8% の時間を費やすからである。ほとんど全員が高校に行き、半数近くが大学に行く現在は、労働参加率は 90% を上回ることはない。従って 89% の労働参加率を実現するというのはほとんど不可能だと言って良いだろう。つまり、非労働人口の相対的な増加につれて、生活水準は必然的に低下する。

増税も問題である。現在のように資金の流れが高速化し、1 年間の世界の貿易額を上回る金額が金融世界では 1 日で動くような状況では、重税はむしろ国家財政を悪化させる可能性が高い。なぜなら税金の高い国に資金は流れて来ないため、経済が悪化するからである。これを防ぐには社会保障などを切り捨てて税金を減らす方法がある。しかしそのような選択は難しいし、私は英米のような弱肉強食の資本主義が人間を必ずしも幸福にはしないと考えている。従って税金を高めずに税収を増やす必要があるが、これには税金を払う人口を増やす以外に方法はない。

次の問題点は、若い世代が減少すると社会全体に活気がなくなり、変革の気運も出てこなくなることである。すでに地方の過疎地では完全に高齢化が起こっているが、そこでは社会自体が硬直化してしまう状況になっている。まさに変革が必要とされているこの時期に保守化が進むのは大変に危険なことである。また、民主主義の国では、若い世代の人口が減ると言うことは若い世代の意見が国政にも反映されづらくなると言うことを意味し、労働人口のみが損をする重税政策などへの歯止めが利かなくなる恐れがある。

そして最後に、人口こそが国力を決定する最大の要因だからである。私はナショナリストではないが、日本の経済力が衰えてしまうのを望んではいない。日本が何もせずとも国際社会でそれなりの地位を占めているのは一重に人口が多く、その結果としての経済力が大きいからだ。北欧諸国を見てみると良い。豊かな生活水準と進んだ民主主義、人道主義にも関わらず、「大国」とは考えられていないのは単に人口が少ないからである。


そもそも少子化はなぜ起きたのであろうか。東京都だけで見ると女性が生涯に出産する人数は平均で 1.1 人と極端に少ないことから分かるとおり、出産・養育は都会での生活ではデメリットの方が大きいからである。女性の社会進出が進んではいるが、女性はいずれ仕事と子供の二者択一を迫られることになる。女性の晩婚化はこの決断を先に延ばすというよりは、実際には仕事を選択しているものと考えられる。従って女性の社会進出が現在の状況の下で進む限り、少子化は進行する。

保守的な男性は、女性の社会進出が悪く、家に留まっていれば少子化は起きないのだ考えるが、それは全く誤った考えだ。日本社会の最大の問題点の 1 つとして男女差別があるが、女性の社会進出は当然の出来事、歓迎すべき出来事であって、男女差別の解消への努力の成果である。女性は家にいれば良いという、女性を出産機械におとしめるような発想は馬鹿げているの一言に尽きる。問題は男女差別が隠された形で温存されていることにあるのだ。なぜ女性は仕事と子供の二者択一を迫られなければならないのか。なぜ女性が社会に進出したのと同じように男性が子供の養育の領域に進出していないのか。男性でも産休を取れる職場が増えているにも関わらず、ほとんど取ったという話を聞かない。そのために女性が仕事をあきらめて子供を選択するしかないのである。夫婦のどちらもが、仕事と子供を両立させれば良いではないか。これは無理な話ではない。できないのは日本が依然として男性優位主義の呪縛から抜け出していないからである。そもそも、高齢化社会が進んで必要とされる労働力が労働人口の 50% を越えた時点で、男性だけが働けば良いという考えは改善ではなく現状悪化しかもたらさなくなっている。また、昔のように女性の結婚が社会からの隔離を意味するなら、結婚率が低下するだけである。


日本人は、少子化・高齢化こそが増税の最大の要因であり、自分たちの生活を苦しくする原因であるという認識を持たねばならない。ただその場合でも、すでに起きている少子化・高齢化を止めるには時間がかかることを理解しなければならない。女性の社会進出を押さえる形での少子化解消案は男女差別的で容認できないだけでなく、結婚率が低下して逆効果である。重要なのは、出産と養育を夫婦で共有すること、そしてそのような夫婦を社会が支援することである。

具体的な政策としてはいくつか考えられる。まず基本的な姿勢として、税金の投入を恐れてはならない。子供はいずれ働き出して税金を払うので、出生率向上に税金を使うのは投資のようなものであって、浪費ではない。また、高齢化がさらに進めば必然的に税金が投入されてしまうので、それを緩和する政策に税金を使うことは将来の出費を押さえるという意味がある。また、少子化の問題は、働きたい女性が出産・養育するのは難しいという点にあるのだから、そのような人々を支援する政策が必要となってくる。

産休は、男女を問わず強制的に取得させるべきである。産休取得時の給与は一部を国が負担すれば、企業の負担はそれほど多くはないであろう。現在のような、男性でも産休を「取得できる」というのは実際にはほとんど誰も取らない以上、効果がない。夫婦間で産休取得時期をずらせば生活は困らないし、男性も育児に理解を深められて有意義であろう。

子供を養育する夫婦への減税は出生率向上に効果があると考えられる。現在でも出産に対して国から経済的な支援があるが、支払われるのが固定額であるため高収入層には効果がない。減税は誰に対しても効果があるので固定額支給より良い。例えば子供を 3 人以上養育する夫婦は 50% 減税など、思い切った措置は効果があるのではないだろうか。また、相続税を子供の人数に応じて差を付けるのも良いであろう。例えば現行の遺産相続制度では、遺産の半分を配偶者が受け取り、残り半分を子供に等分する。子供の数が 2 人に満たない場合、足りない分だけ仮想的な子供を設定するのはどうだろうか。仮想的な子供の取り分は国が受け取る。いわば社会の他の子供のための遺産分配である。

また、労働時間の短縮は間接的に働く夫婦に好影響がある。仕事か子供かの二者択一が切実なのも、労働時間が長くて両立が難しいからだ。そのために女性はパート労働が多く、結果として男女間の賃金格差は縮まらない。男女とも少ない労働時間を実現できれば、夫婦が仕事と子供を両立するのが容易になるだろう。



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