映画「もののけ姫」をまた見て


再び「もののけ姫」を見に行った。同じ映画を映画館で 2 回見るのはこれが初めてだが、正解だった。私が 1 回では受け止めきれない重みをこの映画が持っていたからこそ、もう 1 回見に行く気になったのだ。「もののけ姫」は冗舌な映画ではない。だからこそ読み解くのが楽しい映画である。映画を見て、考えることが楽しく思える映画は久しぶりだ。

いくつものテーマが詰め込まれているので難しく見えるのだと思うが、この映画の本質は「未来をつかみ取る意志の回復」ではないかと思う。その他のテーマ、アシタカとサンの心の交流や、人間対自然、人間社会の問題(差別や戦争)、人間の欲深さなどはあくまで「未来への意志」を提示する舞台なのではないだろうか。

現代社会を象徴する登場人物、エボシとジコ坊について考えてみよう。エボシは現代人の理想像として、合理的に行動し、弱者を救済し、人々を統率する能力を持っているが、生命に対する畏敬の念は持たない。ジコ坊は利己的な現代人の象徴として、自分あるいは所属する組織の利益しか考えないが、彼は憎々しい人間ではなく陽気な人物で、見ず知らずのアシタカに情報を提供したりしている。どちらも現代日本に生きていたらかなり生き生きとした人物であったろう。現代日本を覆っているように見える無気力、無関心の雰囲気とは異なる。しかしそれでもなお、現代人が抱える問題から逃れ得ていない。それは、生命が本質的に持っているような未来への意志を、欠いているという問題だ。エボシの行動にしろジコ坊の行動にしろ、順調に事が進んでいるときは彼らの意志の強さに疑いを挟む余地はない。だが最後に、エボシは自然と社会の両方に破壊をもたらしてしまい、またジコ坊の行動が日光によるシシ神の死を招いてしまった。そしてひとたび破局が訪れると、彼らの意志があくまで現在に基づいた未来への願望であり、生きる意志というものに基づいて行動していたわけではないことが分かる。タタラ場が破壊され片腕も失ったエボシにはかつての鬼気迫る気迫はない。ジコ坊もまた、アシタカとサンに敗れた後は、ただ降参して笑うのみである。彼らはもし未来が絶望的に見えてもなお、自らの手で未来を切り開いていこうとするだろうか。彼らが破局前のエボシやジコ坊のままならば期待できないだろう。むしろ「生きてりゃ何とかなる」と言うトキの方がはるかに生き生きとしていて、タタラ場が栄えていた頃と何も変わっていない姿を見せている。それこそが未来への意志と私が言うものだ。現代日本人は、この物質的に豊かな社会が失われたとしてもなお、自らの手で未来を切り開いていこうとするだろうか。

この映画の意味はラストシーンのアシタカとサンの別れの場面に結集していると考える。2 人は心を通わせたにも関わらず、最後はお互い異なる生き方を認めあう。自分の力で未来をつかもう、ということなのだ。それでこそアシタカの「(シシ神の首を)人間の手で返したい」というせりふが生きてくる。つまり人間が過ちを犯したことに対して言い逃れはしない、しかしその責任は自分たちで取り、未来を信じて進みたい、という意思の表明なのだ。未来というのは一人一人の意志でつかみ取ることができるのだということは信じるに値する。もう自然は破壊してしまったが、あきらめることはない。死に至る呪いを受けたアシタカが絶望に陥らなかったから、アシタカの呪いは最後に解けたのである。物質的繁栄の中で生きる意志を失いつつある今の日本だからこそ、絶望の中でも「生きる」のだということを言わねばならない。

この映画の別のテーマである自然と人間の対立を考えてみよう。デイダラボッチの死による森の完敗は衝撃的だ。爆発的に草木が成長する生命力あふれるあのシーンでなぜ森ではなく草原が復活してしまったのだろうか。現実の歴史での原始の照葉樹林から人工の広葉樹林への変化を表すのはもちろんだが、それ以上に人間が持っていた自然や生命への畏敬の喪失を象徴したものだと思う。草原は明るく爽やかで、子供達が遊んでいそうだ。シシ神の森の暗く恐ろしげな雰囲気とは全く異なる。このとき人間は重大な感性を失ったのだ。それを行った人間の中にはエボシのような人間もいるし、ジコ坊のような人間もいる。決して考えなしの悪人が自然を破壊したというわけではない。どの人間が悪いということはないのだ。だが人間はその勝利に酔い自然に対する畏敬の念を失い、あげくには自然は人間に保護される対象に成り下がってしまった。自然保護、これこそが宮崎駿の忌み嫌うエコロジー感覚なのだ。

今持つべきなのは、人間が本能的に持っているような生命への畏敬の念だ。それはまた生きる意志の源でもある。バーチャル化が進む現代社会の中でこのような肉体感覚の回復はほとんど絶望的だが、誰もがアシタカの曇りなき眼を持っていると信じる。

「もののけ姫」はすでに邦画の最高配給収入記録を突破し、現在その記録を更新中である。日本での最高配給収入は「E.T.」の 96 億円だが、「もののけ姫」がどこまで伸びるかが楽しみだ。誰がここまでのヒットを予想したであろうか。噂ではこれが宮崎監督の最後の長編作品になると聞くが、その最後の作品として、あえて分かりやすい娯楽作品ではなく観客に考えることを求める映画を作ったその姿勢を大いに評価したい。


映画「もののけ姫」を見て

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スタジオジブリ

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