このページでは、僕がギターについていろいろ感じたことをつれづれに書き綴って行こうと思います。
よく言われることですが、ブリッジのところのストリングの角度やナットのところのストリングの角度で弦のテンションが変化するといいますね。たとえば、レスポールのストップテイルピースの高さを低くするとテンションがきつくなるとか、高くするとテンションが柔らかくなるとか、ストップテイルピースをトラピーズ(ブランコ型)にするとテンションが柔らかくなって弾きやすくなるなど等...。
よく勘違いされていますが、この場合の「テンション」というのは「弦の張りの強さ」のことではありません。だからレスポールのテイルピースを高くしても細い弦を張ったときのように弦が柔らかくなったりすることはないのです。弦の音程は、まったく同じ弦を使うならば「長さ」と「張りの強さ」だけで決まります(これ、理系の人なら高校の物理の時間にならったはず)ですからテイルピースを高くしようと低くしようと、同じ弦を同じ音程にチューニングするならば張りの強さは変わらないのです。
というわけで、「ギターよもやま話」の第1回は「テイルピースの高さとテンション」というお題で行ってみたいと思います。
勘違い...?
ギターの専門誌やホームページ上でも「テイルピースを高くすると弦が柔らかくなって、太い弦でも細い弦を張ったときのようにチョーキングなどがやりやすくなる。」などとまことしやかに書かれていたりするし、それを読んだのかどうなのかギターを弾く人でも「弦が硬いんだったらテイルピースを上げれば良いよ」なんて言う人も出てくる始末。「本当か?確かめたのか?」と言いたいですね(^^;)僕自身はギターをはじめた中学生のころに実際に試したことがありましたが、全然変わらないと感じたんですが...。いったいどっちが本当なんでしょう?
というわけで実際に実験してみました。
実験
実験方法は簡単です。音程を同じにチューニングしたギターでテイルピースの高さを変化させて、チョーキングする力に違いが出るかどうかをバネ計りで測定しました。無論、バネ計りで測定された数値が大きいほど指先に感じる弦は硬く、低いほど柔らかいということになります。
1.ギターの5弦の12フレット丁度の位置にバネ計りの測定部を引っ掛け、200gの数値を示すようにバネ計りを垂直に引き上げる(これは弦をはじいたときにビビらないようにするため。)


2.この状態で5弦をはじいたときに4弦と同じ音程になるようにチューニングする(レギュラーのチューニングではかなり強力なバネ計りが必要になるのでレギュラーより張力が小さくなるようにします。強力なバネ計りがあればレギュラーのチューニングでもよいかもしれません。)
3.バネ計りを垂直に引き上げ、5弦の音程が1音高くなった時点のバネ計りの数値を読む。
4.上記1〜3をテイルピースの高さを変えて行う。
テイルピースを上げた状態。弦はほぼ水平である(これ以上上げると弦がブリッジから外れそうになる)
実験結果
| テイルピースの状態 | バネ計りの読み |
| テイルピースを目いっぱい下げた場合 | 410g |
| テイルピースを弦がほぼ水平になるまで上げた場合 | 410g |
テイルピースの高さにかかわらず、結果はまったく同じとなりました。
じゃあ、なにが変わるのか...?
では、テイルピースの高さを変えると何が変わるのか...?答えはズバリ「音」です。
テイルピースを下げると弦のがブリッジをボディに押し付ける力が強くなります。逆にテイルピースを上げると弱くなります。ブリッジをボディに押し付ける力が強くなると、その分弦振動のエネルギーがボディに伝わる量が多くなりボディを振動させます。ボディは弦振動に対してフィルターの役割を果たしますから、つまりボディのキャラクターが色濃くでるというわけです。したがって、一般的にはテイルピースを下げると固めの音になりサスティーンがやや短く(ボディに弦振動のエネルギーが奪われやすくなるため)なり、テイルピースを上げると柔らかめの音になり、サスティーンがやや長くなります。
どうも、ブリッジをボディに押し付ける力(これもテンションと言えるかもしれない)と音の硬さとの関係が、いつのまにか弦の張り(テンション)にすりかわってしまったようですね。なぜこんなことになったのやら...(^^;)
サスティーンの方は本当にわずかな違いしか出ないようですが...(またはボディのフィルターで選択された音が弦振動にフィードバックされて、却ってサスティーンが伸びるということもあるかもしれません。)音の質はかなり変わるみたいですね。テイルピースの高さでギターの個性がはっきり出たりする位置があるのではないかと思います。
というわけで、テイルピースはあくまで「好みの音」になるように調整しましょう。いくら高くしても弦は柔らかくなりませんよ...(^^)
ギブソンと国産ギターメーカーで争われたコピーモデル裁判について
実は僕も最近知ったのですが、レスポールモデルの本家本元のギブソンと日本のコピーメーカー(フェルナンデス)の間で平成5年ごろから、こういったコピーモデル販売の是非をめぐる裁判があったんですね。判決は平成5年に東京地裁でコピーメーカー側の勝訴、その後平成12年に東京高裁での控訴審でもコピーメーカー側の勝訴という判決が出ています。その後最高裁に上告されたかどうかは確認できていません(ご存知の方お知らせ下さい)が、この判決の流れでいくと上告審で判決が覆る可能性はかなり低いのではないかと思われます。
この裁判はギブソンモデルのコピー、とりわけレスポールモデルのコピーを得意としていたグレコにとっても大きな意味を持つことは明らかですので、このコーナーで取り上げてみることにしました。
外国のメーカー(この場合はギブソン)がオリジナルの商品(この場合はレスポール・ES335など)を日本のメーカーがコピーして販売することに対する法律的な見解はいったいどうなっているのだろう?と思われている方は多いと思います。とくに、アジア諸国におけるブランド時計やバッグのコピー商品が問題になっている昨今、今でもレスポールなどのコピーが大手を振って販売されている現状には特に疑問を感じます。この点、この裁判ではある程度明確な回答が出されているように思われます。
またもう一つ興味深いのは、グレコロゴやレスポールカスタムのスプリットダイヤモンドインレイの変遷に関してまことしやかに伝えられていた「あれはギブソンからクレームが来たから変えたんだ」という説が完全に否定されていることです。下にギブソン,コピーメーカー双方の主張をまとめてありますが、このなかで「平成5年までの間コピーメーカーに対して警告などの対向措置を取らなかったのは事実である」とギブソン自ら認めてしまっています。これが嘘だとすると裁判のなかで偽証をおこなったことになりますし、またこの裁判の流れでは、「警告などをちゃんと行ったんだけどコピーを製造するのを止めなかったんだ。」としておいた方がギブソンにとって有利な展開になりますので、ギブソンがコピーメーカー(もちろんグレコも含む)にたいしてクレームをつけたという事実は無いというのは、少なくとも公式には明らかであるところでしょう。
では、ギブソンおよびコピーメーカーの主張と裁判所の判断をまとめてみましょう。
ギブソン側の主張
1.コピー品はギブソンのギターを模倣したものであり、コピーメーカーはいかにギブソンのコピーとして精巧に出来ているかをセールスポイントとしていた。つまりコピーメーカーの商品がギブソンのコピーだということを確信的に販売していた。
2.ギブソンがコピーの出始めから平成5年までの間コピーメーカーに対して警告などの対向措置を取らなかったのは事実だが、それはギブソンが職人気質のメーカーで、遠い日本での出来事を把握していなかったからでもあり、外国での係争に不慣れだったからであることと、営業上の不利益が無かったからと判断していたためである。
3.コピーメーカー側は「レスポールモデルの形状はすでにギブソン社が発売する以前に存在したものであり、ビグスピーやAPPというブランドで販売されていたもので、ギブソンが独自に開発したとは言いがたい。」と主張しているが、実際のレスポールモデルとこれらは類似性はほとんど無い。
4.コピーメーカー側は「レスポールモデルはすでにエレキギターの代表的な形として定着しているので、レスポールモデル=ギブソンのギターであるという認識はすでに無い」と主張しているがそのような事実は無く、また模造品の氾濫によってそのようなことが起こり得るはずもない。
5.コピーメーカーのギターはギブソンのものと正面形状やその他の形状が非常に似通っておりそれに比べてメーカーロゴは小さく、購買者がギブソン製と錯誤して購入する恐れがある。(狭義の混同のおそれ)
6.コピーメーカーがギブソンと同じモデルを販売することにより、コピーメーカーとギブソンの間になんらかの関連があるものという誤解を広める恐れがある(広義の混同のおそれ)
1.に関しては僕の思うところ確かに「ギブソンの言うとおり」で、これついては争い様がないでしょう。
2.については刑事裁判では情状酌量の余地になるところでしょうが、このような民事裁判では「そりゃアンタのところの都合でしょ?」と言われてしまいそう(^^;)なんでこんな言い訳みたいな主張を入れたんでしょう。
3.APPってどんなギターなのか良くわからんのですが、確かにビグスピーついてはシェイプは良くにています。コイピーメーカー側がビグズピーを引き合いに出すことは十分予想できたところでしょう。ギブソンは単に「類似性はほとんど無い」と断じているだけですが、さて裁判所の判断は...?ちなみに僕自身は、確かにシェイプは似ていますが全体的にはレスポールとはかなり違う印象なのでギブソン側に分があると思いました。
4.コピーメーカー側の主張が解りにくいと思いますが、ブランドバックや時計のニセモノが例えば「エルメス製のバッグ」とか「カシオ製のGshock」として売られているのに対し、コピーモデルではギブソンのレスポールとして売られているのではなく「グレコ製のレスポールモデル」などとして売られており、購買する側もギブソンのギターと錯誤して買うわけではない。これはとりもなおさず「レスポールモデル」というものが「エレキギター」と同格の抽象性・一般性を持ってしまっている。という主張であると思われます。
5.エンドユーザーが「おお!ギブソンも安くなったなあ。よし買おう!」と考えてコピー商品をギブソンのものと錯誤して買っちゃう恐れがあるよ。という主張ですが。昔からグレコのレスポールをギブソンのレスポールと間違って買っちゃう人って居なかったでしょう?(まあ全然居なかったとは言いませんが(^^;;;))この主張はちょっと強引だなと思いました。
6.たとえば何のギブソンとコピーメーカーの間には関係も無いのに、同じギターを発売することによってギブソンとコピーメーカーにライセンス関係があったりするとか、オービルやエピフォンのようなメーカーと同様な関係にあるのでは?という誤解を招くおそれがある。という主張ですね。
コピーメーカー側の主張
A.コピーモデルを販売開始した時期にはギブソン製のギターは著しく高価で且つ流通量も非常に少なかった。このように国内での流通のほとんどがコピーメーカーのものであれば、レスポール=ギブソンの製品という認識を確立するはずがない。
B.商品の形態は本来出所表示機能を有するもので無い。ギブソンの主張を容認して形態に出所表示機能を認定すると、本来事業者の自由な選択に任されるべき商品形態を一社に半永久的に独占させることを許すことになる。
C.レスポールモデルの形状はすでにギブソン社が発売する以前に存在したものであり、ビグスピーやAPPというブランドで販売されていたもので、ギブソンが独自に開発したとは言いがたい。
D.レスポールモデルはすでにエレキギターの代表的な形として定着しているので、レスポールモデル=ギブソンのギターであるという認識はすでに無い(希釈化)
E.実際には楽器点にはさまざまなメーカーのレスポールモデルが陳列されており、初心者であってもレスポールモデルがさまざまなメーカーで製造されているということは認識している。したがって狭義の混同の恐れは無い。
A.ギブソンの5の主張に対する反論でしょうか。確かにあのころ、国内でギブソンの実物を手に入るということはおろか、目にすることすら奇跡でもなければ無理なことでした。このような状況ではレスポールモデルがギブソンオリジナルだという認識を持つのは無理(いろんなメーカーがレスポールモデルを出していて、ギブソンはそのうちの一つである。という認識がせいぜい)だというコピーメーカー側の主張に分があるように思います。
B.ギターの形状を、「デザイン」といった著作性のあるものよりもっと抽象的なものと捉えた上での主張ですね。
C.Bの「抽象的なものである」ということへの根拠としているようです。
D.確かにコピーモデルがそれこそギブソンの何十倍,何百倍も出まわっている状況ではレスポールモデルがギブソンオンリーのものだという認識はエンドユーザーには無いでしょう。で「そうなった責任はギブソン自身になるんだよ。」ということですね。
E.5の解説で述べた通り、コピーメーカーの主張に分があるようです。
裁判所の判断
イ.APPやビグズピーといったギターは確かに正面からみた形状はレスポールモデルに似ているが、相違する部分も多く類似しているとは言いがたい。
ロ.ギブソンの製品は遅くとも1973年ごろには日本国内においてエレクトリックギターにおける著名な名器としての地位を確立し、それとともにその製品がギブソン社の製品であると周知となったものと認めることが出来る(出所表示性の確立。)
しかしながらこのようにして一旦は確立された出所表示性は遅くとも平成5年より前に事実経過によって消滅してしまっている。すなわち、出所表示性を確立した前後のころから多いときには30以上ものブランドから20年以上にわたって類似の商品が市場に出まわってきたと言う事実があり、且つその間ギブソン社によってなんら対抗手段が執られていなかったということから、エンドユーザーにとってはレスポールモデルだからといって直ちにギブソン社の製品であるという認識を想起しなくなってしまっているということである。
エンドユーザーはレスポールモデルの本家がギブソンであるということを認識しても、コピーモデルを直ちにギブソン社のものであると誤認するということは無い。
ハ.商品の模倣行為は、不法行為を構成するものと言うべきである。しかしながら、模倣行為が、被模倣者(この場合ギブソン)の意思に反しないものと考えさせる状況がある場合には許容されるものと見るべきである。この点重要なことは、ギブソン社が長年にわたってコピーモデルについてなんら対抗処置を講じてこなかったという事実であり、客観的にはギブソン社がコピーモデルを黙認・さらには容認しているとの評価を下す要素を有するものである。
ニ.これらの事実はギブソン社の利害という面からは好ましくないものではあるものの、他方ギブソン社の製品の名器としての名声をいやがうえにも高めることにより、ギブソン社の「本家」としての価値をますます高めることになるという営業上の好ましい面もあるということから考え、すでに不法行為の要件としての違法性は無くなっていると見るべきである。
というわけで、以上が裁判所の判断なワケですが、ギブソンにとってはかなり厳しい判断のようですね。
イ.ビグズピーのマール・トラビスギターをみて「あ、レスポールだ」と思う人はまず居ないと思うので妥当なところでしょうね。
ロ.今回の判決で二番目に重要なところです。1973年の時点では「確かにレスポールはギブソンのものであった」と裁判所は認めています。この状況が現在まで続いていれば当然この裁判でもギブソンの勝訴!ということになるのですが、「平成5年以前にはその状態は消滅している」とされています。その理由は「30以上のブランドから20年以上にわたって類似の商品が出回っていたという事実がある」ということ。これはコピーメーカー側のDとEの主張を認めたものといえます。
ハ.そしてこれが今回最も重要なポイントです。通常模倣行為というのは違法性が伴うというのは誰しも理解できるところですが、その模倣行為は「模倣される側の意に反しない場合は許容される」としています。これも理解できます。そしてなんと!これがライセンス供与のように模倣される側が意識的に許容してる場合のみではなく、「模倣される側の意思がどうであれ、客観的に見てその意思に反しないと考えられる場合」にも許容されるとしています。
すなわちギブソン自身が認めている通り、長年にわたってコピーモデルに対してなんら対抗処置をとってこなかったということから「客観的に見てギブソンの意思に反していない」と見られても仕方ないんじゃない?客観的に見て意に反していないんだから違法性も無いよ。ということです。
ギブソンにとってはムチャクチャ厳しい判断ですね。
ニ.これはまあオマケの判断といったところです。というのも、今回の控訴審でギブソン側がコピーメーカー側に要求した賠償金の額というのが、10万円。たったの10万円です(^^;;)(ちなみに第一審での提示額は4500万円)結果的にはコピー品の氾濫でギブソンの名声が高まったので、その分の営業的利益を考えると10万円は超えているだろう。だから賠償金の要求は無意味なんだよということ。
これは注意しないといけないのですが「相手の名声が高まったから違法性が無い」といっているのではけっしてないことです。単純に賠償金の額の根拠が無いよと言っているのに過ぎないということです。つまり、ギブソン側が主張している損害の額より結果的な営業利益が「たまたま」上まってしまったから「不法行為の要件としての違法性は無くなっている」ということです。
というわけで、めでたく?コピーメーカー側の勝訴ということになりましたが、この裁判では「どんなギターをコピーしてもOK」とはならないというところにコピーメーカー側には厳しいものでもありますね。レスポールやストラトといった、いまどき誰が見てもギターのスタンダードのみOKというだけで、それも「ギブソンの大チョンボ」があったからであって、そうでないものに関してはコピーはまずいことに違いが無いということが明らかになってしまったようなものですから。
さて、最初に書いたようにこの裁判が上告審まで行っているのかどうかまだ判明していません。この先コピー問題はどんな方向に進んでいくのでしょうか。というところで。